住職の徒然日記

2017/09/22
彼岸花
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秋彼岸が近づくと、境内に彼岸花が咲き乱れます。別名、曼珠沙華(マンジュシャゲ)ともいわれ、天界に咲く花という意味があります。

私はこの花を見ると、「彼岸花」という童話を思い出します。

平成10年7月25日に和歌山県で毒物カレー殺人事件が起こり、毒物のヒ素で、当時小学校4年生の林 大貴(ひろたか)君の尊い命が奪われました。

大貴のお母さんが、亡き子への想いをつづった「彼岸花」という童話を書き上げました。
「彼 岸 花」    林 有加作

ある年の七月、十才の少年の命の灯が消え、ひとつの魂が生まれました。
短かい命から生まれた小さな小さな魂でした。その小さな魂は、母が恋しくて、神に、もう一度だけ母に会わせてほしいと頼みました。
神は、その純心無垢な魂を不憫に思い、願いを聞き入れてくれました。
そして、神は、こう言いました。
「一日だけ、おまえを人間界にもどしてあげよう。ただし、人間の姿では、もどれない。母が、おまえの姿を見つけ、母の声を聞くことが出来たなら、いつか再び、親子として人間界に生まれかわることを許そう。しかし、母の声を聞くことが出来なかった時には、魂は、消えてなくなってしまうが、それでもよいか?…」
小さな魂は、九月半ば、母との思い出深い彼岸花の姿をかりて、母の住む家の近くの土手に、ひっそりと咲きました。
なつかしい家の窓には、悲しげに外を眺める母の姿がありました。
精一杯、健気に咲く一本の赤い彼岸花に目がとまったのでしょう。しばらくすると、母は、引き寄せられるかのように、ゆっくりと土手の方に近づいてきました。
そして、母は、彼岸花に顔を近づけ、語りかけました。
「もう、彼岸花の季節になったのね…。ひろくんは、いつも、お母さんのために、このお花を摘んできてくれたよね。ありがとう。」
母の目から涙がこぼれ落ち、声にならない声をふりしぼって言いました。
「ひろくん、おかえりなさい。」
そう言って、花をやさしく手で包み込みました。
なつかしい母の声とぬくもりでした。
その母のやさしい声を聞くことが出来た瞬間、<お母さん、ただいま! いつかまた、きっと、お母さんの子どもに生まれてくるからね。ありがとう、お母さん!>
彼岸花は、母の言葉と、いく粒もの涙を花びらで受けとめ、ひとすじの光となり、空に昇っていきました。
母は、空を見上げ、いつまでも祈りつづけました。

境内の彼岸花
境内の彼岸花
別名、曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも言い、天界に咲く花を意味します
別名、曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも言い、天界に咲く花を意味します
野々花に「毒があるよ!」と注意する
野々花に「毒があるよ!」と注意する
彼岸花と野々花
臭いかぎを止めて、こちらを向く

 

2017/09/22
レトリーバーを愛する雑誌:「RETRIEVER」
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レトリーバーがたまらなく好きという愛犬家の為に「RETRIEVER」という雑誌があることを知りました。

この本を知ったきっかけは、当編集担当者からアンケート依頼があったからであります。

それは、犬の本を描いた著者に影響を与えた一冊の本と一作の映画に関するアンケートでありました。

私は本では、「金子みすゞの詩を生きる」酒井大岳著、映画では黒澤明監督の「赤ひげ」原作山本周五郎を掲げました。

大正末期にすぐれた作品を発表し、「若き童謡詩人の巨星」とまで賞賛された「金子みすゞ」は26才で夭逝しました。

「金子みすゞ」の詩で私が好きなものは、

大漁
    朝やけ小やけだ
    大漁だ
    大ばいわしの
    大漁だ

    はまは祭りの
    ようだけど
    海のなかでは
    何万の
    いわしのとむらい
    するだろう
  
わたしと小鳥とすずと
    わたしが両手をひろげても
    お空はちっともとべないが
    とべる小鳥はわたしのように
    地面をはやく走れない

    わたしがからだをゆすっても
    きれいな音はでないけど
    あの鳴るすずはわたしのように
    たくさんなうたは知らないよ
    すずと、小鳥と、それからわたし
    みんなちがって、みんないい
   うちのだりあのさいた日に
   酒屋のクロは死にました

   おもてであそぶわたしらを
   いつでも おこるおばさんが
   おろおろないておりました

   その日、学校でそのことを
   おもしろそうに、話してて

   ふっとさみしくなりました
「RETRIEVER」の表紙
「RETRIEVER」の表紙
私が感銘した一冊
私が感銘した一冊
私の掲載記事
私の掲載記事

 

 

2017/09/13
十日市祭典
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9月10日に土倉稲荷神社と金毘羅神社の例大祭神事が行われました。

当寺の守護神が祭られている土倉稲荷神社の社主として、玉串を奉納して参りました。

前日の9日の宵宮では、子供会や地区ごとの手踊りが賑やかに行われ、更には中高生を交えての手作りの屋台も多く出店され、老若男女で賑わいました。

童謡「むらまつりの」の歌詞にもありますように、「村の鎮守の神様の 今日は目出度い お祭り日」となりますよう、地域住民、そして子供たちにも親しみのある神社となりことを願っております。

神社前で例祭が行われる
神社前で例祭が行われる
祝詞を奏上する神官
祝詞を奏上する神官
神輿の若者衆による音頭あげ
山門前にて音頭上げする神輿の若者衆
野々花も参列しました
野々花も参列しました
黄金色の田圃を神輿が行く
黄金色の田圃を神輿が行く
五穀豊穣を願って神輿を担ぐ
五穀豊穣、家内安全でありますよう!
野々花、大好きなお友だちが来て嬉しそう
野々花、大好きなお友だちが来て嬉しそう
子供会手作りの山車
子供会手作りの山車
山車の若者衆にも音頭を上げて頂きました
山車の若者衆にも音頭を上げて頂きました
山車を見送る野々花
山車を見送る野々花
夜も山車が運行されました
夜も山車が運行されました

2017/08/21
野々花のやきもち
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孫たちの夏休みも終わりに近づき、北上市にあるドッグランに野々花を連れて遊びに行きました。この日は平日でしたので、他のワンちゃんの姿はまばらでした。

そんな中、孫たちが可愛いらしい柴犬を見つけて、「かわい~い、かわい~い!」となで始めました。少し離れていたところから見ていた野々花はやきもちを焼いたのか、「おもしろくな~い!」とひっくり返りました。

ワンちゃんのやきもちはその場限りですので、孫たちが野々花を再びかわいがると、けろっと忘れたかのように御機嫌な笑顔に戻りました。

ドッグランにあるブランコで遊ぶ孫たち。
ドッグランにあるブランコで遊ぶ孫たち。
可愛い柴犬を可愛がる孫たち
可愛い柴犬をなでる孫たち
他の犬を可愛がる孫たちを見つめる
他の犬を可愛がる孫たちを見つめる
「おもしろくな~い」とやきもちを焼き、ひっくり返る野々花
「おもしろくな~い」とやきもちを焼き、ひっくり返る野々花
再び孫たちに可愛がられ、笑顔が戻った野々花
再び孫たちに可愛がられ、笑顔が戻った野々花

 

2017/08/17
四十八灯籠供養会
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送り盆の16日午後6時半から、本堂にて四十八灯籠供養会が、新盆を迎えた28家族(総勢114名)の参加を得て行われました。

読経や御詠歌が奉詠される中、家族が燭台上の48本の蝋燭(実際は半分の24本)にあかりを灯します。短くなった蝋燭はあかりが消えないように家族みんなで取り換えます。

小さな子どもも参加しており、一生懸命にあかりを灯しておりました。揺れ動く蝋燭の炎の中に、亡き人の面影を偲び、心からの追慕のご供養がなされたものと思います。

四十八灯籠供養会の由来は法藏比丘の四十八の誓願に由来します。

西方の極楽浄土をつかさどる阿弥陀如来さまが如来となられる前、法藏比丘として修行をしていた時、四十八の誓願を立てました。一言で表せば、この世の生きとし生けるもの全てが苦しみ、悲しみ、悩みから救われて仏の世界に生まれ変わることが出来ますようにという願いです。

参加されたご家族は一本一本の蝋燭にその願いを込めてあかりを灯したのです。

正面には新盆を迎える方のお位牌が祭られ、左側では梅花講員の方々が御詠歌をお唱えします
正面には新盆を迎える方のお位牌が祭られ、左側では梅花講員の方々が御詠歌をお唱えします
一斉にあかりが灯されます
一斉にあかりが灯されます
揺れ動く炎の中に亡き人が偲ばれます
揺れ動く炎の中に亡き人が偲ばれます
一台の燭台が家族ごとに割り当てられます
一台の燭台が家族ごとに割り当てられます
短くなった蝋燭を取り換える
短くなった蝋燭を取り換える
蝋燭の熱で暑い中、一生懸命に修行します
蝋燭の熱で暑い中、一生懸命に修行します
蝋燭の炎に染まる本堂
蝋燭の炎に染まる本堂