2016/08/19
四十八灯籠供養会
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8月16日はお盆の送り火です。当寺ではこの日の夜に四十八灯籠供養会が行われ、新盆を迎えられた23組の方が参加されました。

この四十八灯籠供養は法藏比丘の四十八の誓願に由来すると言われております。西方の極楽浄土をつかさどる阿弥陀如来さまが、まだ阿弥陀如来さまになる前、法蔵比丘と名乗って、ご修行をなさっておりました。

そのとき、法蔵比丘は四十八の誓願を立てました。一言で言うならば、この世の生きとし生けるもの全てが苦しみ、悲しみ、悩みから救われて、仏の世界に生まれ変わることが出来ますようにという願いです。

亡くなられた方は、この世に残された御家族の幸せはもちろん、この世に生きている全てのものが悲しみ、苦しみから救われることを願って修行なさっております。その願いはこちら側の世界に生きている私たち仏教徒の願いでもあります。

ですから、亡くなられた方と私たちが心を一つにして、その願いが一日も早く成就出来ますようにと、一本一本の蝋燭にあかりを灯すのであります。

参加された方は、揺れ動く蝋燭の炎の中に、亡き人の在りし日のお姿を偲び、心からなる追慕のご供養をなさっておりました。この供養会の淨行と真心は必ず亡き人に届くものと思います。

正面には新盆のお位牌が祀られます
四十八灯籠供養会
蝋燭の灯りが本堂を染めます
揺れ動く炎の中に亡き人を偲ぶ
亡き人と心を一つにして法要が営まれます
本堂一杯に蝋燭が立ちます
短くなった蝋燭を取り替える
蝋燭の取り替
子どもたちの心に深く刻まれるでしょう
一心に蝋燭を取り替える子どもたち
会館に移動し、供養会のいわれの説明を受けてから皆で頂きます
法要後、喉を潤す

 

2016/08/07
早朝、坐禅会
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早朝坐禅会(6時~8時半)が地域の子ども7人と、保護者6人の参加を得て開催されました。

まず、本堂で一緒に般若心経をお唱えした後、会館に場所を移しての坐禅体験です。副住職から手や足の組み方、呼吸の仕方等の説明を受け、いよいよ坐禅修行の開始です。

正味15分位の時間でしたが、どの子も背筋を伸ばし、真剣に取り組んでいました。日頃、一人になって自分と向き合う時間がない子どもたちにとって貴重な体験になったと思います。

坐禅の後は、修行道場での修行僧と同じメニューのお粥を頂きました。

最後に、「ごみを拾う犬もも子」のテレビ取材の映像をみせて、自然を守ることの大切さや命の尊さをお話して終了となりました。

今回の体験が、これからの生活に少しでも生かされれば嬉しい限りです。

みんな真剣に聞いています
坐禅の仕方を教わる
ピシッと伸びた背筋がきれいです
坐禅する後ろ姿
緊張感が張り詰める
黙々と自分と向き合う
坐禅の後のお粥は美味しい
お粥を頂く
川からごみを回収
在りし日のごみを拾うもも子
今は、きれいな川でノビノビと楽しく泳いでいることでしょう
いろいろなゴミがありました

 

2016/08/01
野々花、松川渓谷で泳ぐ
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梅雨が明けた事もあり、野々花を連れて八幡平市にある松川渓谷に行ってきました。

この清流の片側には玄武岩がそびえており、ワンちゃんを泳がせるには素敵な場所です。周りに誰もいなかったので、野々花のリードを外し、自由させました。

当初、足の届かない所には行かなかったので、近くにあった棒切れを投げ入れたところ、追いかけ、とうとう泳ぎはじめました。まだまだ、スイスイとはいきませんが、回を重ねる毎に上達するものと思います。

遠くに野々花が見えます
松川渓谷の玄武岩
ちょっと尻込みする野々花
少し流れが強い渓流です
私って泳げるんだっ!
思い切って、深みに入りました
流れに逆らって、一生懸命泳ぐ
玄武岩の壁の下で、気持ちよさそうに泳ぐ
ヤレヤレ疲れたワン
非常にきれいな渓流です

 

2016/08/01
弱者への攻撃は許されない
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神奈川県相模原市の障がい者施設で起きた凶悪事件には言葉を失います。弱者を攻撃することによってのみしか、自分の優位性を保てない人が増えている事に危惧を感じます。

ヘイトスピーチや移民排斥等に見られるような風潮がはびこっていることが根底にあるように思えます。弱者や少数者を思いやる寛容な社会を築いて行きたいものです。事件の犠牲者や負傷者の氏名が非公表とされているのは、未だに障がい者に対する差別や偏見が社会に根強く残っており、その事に苦しむ家族が多いという言う事でありましょう。

今回の事件で、施設の警備にのみ重点がおかれ、障がい者施設が地域社会から隔離されることのないよう、更に一層、障害がある人とない人との日常的な交流が計られるような方策がとられることを望みます。

「障がいは不自由であるが不幸ではない。不幸にしているのは社会である」        ヘレン・ケラー

私が非常に感動したある主婦の方の作文を紹介します。是非、読んで下さい。

「ボランティア活動から得た大切なもの」 (M・S)

あれはもう、15年前のことだ。あの頃の私は、ひどくささくれだっていた。親の離婚、住み慣れた町との別れ。そんな寂しさを理由に、自堕落な高校生活を送っていた。校則を破り、人に逆らうことでしか、自分を表現することができないいらただしさ、そんな自分を突き詰めれば突き詰めるほど苦しくて、自分の存在が無意味に思えてくる。何もかも忘れたくて、ただ楽しいことを追求しては、道楽な毎日に浸っていた。

そんなある日、気乗りしない学校で、重度身体障害者の運動会、ボランティアのクラス代表を選んでいた。私はいつものように、一番後ろの席で、いつもの友達とくだらない話に興じていた。その時、担任が突然「クラスの代表は伊藤さんでどうでしょう」と言った。意図が見え見えだったので、もちろん断った。が、多数決で勝ち取った先生の意見はそのままクラスの意見となり、かくして私は次の日曜日、ボランティアとして運動会に参加することとなった。

当日、会場は、けたたましい軽快な音楽とは裏腹に、身体の不自由な参加者達が担当のボランティアと共にたどたどしく行進をしていた。そんな中、いかにも場違いな私の姿に人々の冷たい視線が集まった。「もう帰ろう」と思った瞬間、一人の夫人が声を掛けてきた。「うちの息子の手伝いをお願いできない?」と申し出て来た。

車椅子には、同じ年くらいの大きな男の人が座っていた。「しーげーるーでーす」自己紹介のたったそれだけの言葉に、全身のありったけの力を使ったのか、言い終えた後、肩で大きく息をしていた。私には断る勇気もないまま、その日、彼の世話を彼の母親とした。世話は想像以上に大変だった。重い身体を二人で支え、各競技に参加する。たった半日の日程なのに、身体はくたくただった。

それでも「しげる」は終始楽しそうだった。運動会も終わりかけた頃、彼の用便の手伝いをしていた時に、私はあまりにも重い彼の身体を支えながら、無意識に「毎日大変だねぇ、おばさんも」と言ってしまった。

母親は、温厚そうな目からは想像もつかないような目で私を見据え、「生きているんだから」と強い口調で言い返してきた。私は顔中が火照ってきた。生まれて初めての屈辱感が体中に走った。「生きている、生きている」・・・・気付いた時、いつの間にか自宅の前に来ていた。何が言いたかったのかおおよそ見当がついた。そして、当たり前なことに、軽はずみな同情の言葉を掛けた自分。当たり前のことをせずに生きている自分が恥ずかしくて仕方がなかった。

私はその夜、彼の姿、彼の母親の姿、自分の情けない姿、それぞれが瞼にはっきりとしがみついて一睡も出来なかった。それでも次の日、学校に行く。いつもの友達が「どうでしたか?昨日のボランティアは」とからかい混じりに話を掛けてきた。「ふざけるな」そう答えていた。何かが私の中で変わっていった。そして、その数日後、決定的なことが訪れた。

朝礼の時に、先生が私に一枚の葉書を持ってきた。その葉書には「ありがとう、ありがとう、ありがとう」と大きく鉛筆で書かれていた。もちろん、差出人は「しげる」と書いていた。

私は教壇から自分の席まで涙をこらえるのに必死だったが、席に着いた時は葉書が涙で濡れていた。「全身麻痺だったじゃない、話すのもやっとだったじゃない、どうやってこの字を書いたのよ?なんで、なんで私なんかに感謝するの?」。涙は後から後からとどめなく流れてきた。その日、私は染めた髪を切り、普通のごくありふれた高校生に戻った。

あれからはや15年の月日が流れ、今は3人の子供の母親になった。普通の母親である。時々子供に大きな期待を抱くことがある。自分自身を情けなく思うことも相変わらずである。そんな時、あの葉書がどれほど自分を支えてくれているだろう。そして、あの母親が言った「生きているんだから」という言葉の重みが、今、母親として痛いほどよく分かるようになった。加えて、自分の生んだ息子とはいえ、一つの命に対して尊重の姿を崩さなかったあの母親に深く敬意を感じている。

あのボランティア活動が、私にとってかけがえのない体験になったのは言うまでもない。いつか、あの親子に会ったら、胸を張って言える人生を送りたい。それが、あの葉書を受け取った気持ちである。