2015/07/26
子亀がいっぱい

一ヶ月くらい前から、子亀が池の周りで、見かけるようになりました。

今朝は沢山見つけることが出来たので、菓子皿に入れて撮影をしました。

撮影後に池に戻しましたが、カラス等に食べられることなく、無事に成長

することを願ってます
子亀

2015/07/24
井戸を掘ってます
カテゴリー:ブログ

境内墓地の一角に井戸を掘っています。この辺りはかって、北上川が流れていた

ことがり、水は出ると思い業者さんに依頼しました。

6メートル位突いたところで、大量の砂と共に水は出てきました。

しばらく、汲み出すと一時的にきれいな水となるのですが、直ぐに元の砂混じりの

水となるのでした。

恐らく、突いたパイプの先端が砂の層であった為に、一時的に先端の回りの砂が

除去されたとしても、砂の層が崩れて砂が入り込んでしまうのでしょう。

そこで、もう少し掘り下げることにしました。

うまく、出てくれればいいのですが?

井戸掘りの準備    砂混じりの水が出る

井戸を掘る準備        砂混じりの水が出る

 

 

2015/07/22
ホームページをリニューアルしました
カテゴリー:お知らせ

蟠龍寺のホームページをご覧いただきありがとうございます。

この度、当寺ではホームページをリニューアルいたしました。

より良い情報発信をして参りますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2015/07/22
カンカンばあちゃん

お盆の季節がやってまいりました。普段、遠くに離れている方も、帰省し、みんな揃ってお寺やお墓にお参りし、亡き人をご供養致します。ある家から、亡き人のご供養の為に招かれた時の事です。
そこの家の亡きおばあちゃんのお孫さんで幼稚園の男の子が「和尚さん、カンカンばあちゃんを拝みにきたの?」と聞くのです。「そうだよ、でも、どうして、カンカンばあちゃんと言うの?」と尋ねると、「だって、いつも、ナムナムしながらカンカンと鐘を叩いていたの」と言うのです。
私が御仏壇の前で、お勤めを始めようとしたとき、その子のお母さんが、「和尚さん、この子も一緒にお勤めしたい言うの、宜しいでしょうか」と聞くのです。その子は、いつもおばあちゃんと一緒にお経をあげていたのでした。
私と一緒に無心に般若心経をお唱えするその子の後ろ姿に、誰しもが、在りし日のおばあさんを重ね合わせたのでしょう。
お勤めを終え、振り返ると、その場にいた家族はもちろん、親戚の方々が、涙を拭きながら、その子に「有難う、有難う、おばあちゃん、とっても喜んでたよ」と言うのでした。
とんちで有名な一休禅師は、「死にはせぬどこへもゆかぬここに居る たずねはするなものは言わぬぞ」と言って、亡くなられたそうです。亡き人は、何処に行くのでもなく、故人の愛した人の心に、いつも一緒にいるのです。
おばあちゃんは、これからもずうっとずうっと、その子の心に生き続けていくことでありましょう。

2015/07/22
いじめられた子猫

ある冬の日のことです。
中学生らしき二人の少年が、お寺の近くにある橋の上から、何かを川に放り投げ、さらに、石を投げつけていました。
遠くから見ていた私は、何をしているのだろうと、駆けつけました。川に落とされた「それ」は子猫で、必死に岸に向かって泳いでいました。
少年たちは、子猫が必死なのが面白いのか、更にしつこく石を投げつけていました。
「こら!何をしているんだ。やめろ!」見るに堪えかねた私は叫びながら土手をかけ下り、寒さでブルブルと震えている子猫を川から抱き上げ、少年たちに、「こんな弱い生き物をいじめて何が面白いんだ!子猫の気持ちになってみろ!」と怒りました。少年たちは逃げるようにその場を立ち去りました。

お寺に連れて帰り子猫の濡れた身体をタオルで拭いてやろうとしましたが、子猫は小さな口を開けて牙を出し、決して身体を触らせようとはしませんでした。 それから数年経った今でも、人を見ると直ぐに身を隠してしまいます。子猫のときに受けたいじめによって、人間に対して心を固く閉ざしてしまったのです。

今日の学校でのいじめの問題は本当に心が痛みます。力による暴力はもちろんですが、言葉による暴力も人を深く傷つけてしまいまいます。たとえ、軽い気持ちでふざけてからかっただけだと思っても、受けた側は、心に深い傷を受けていることもあるのです。
私たちも、何気ないちょっとした振る舞いや、言葉が相手を傷つけていないか、反省したいものであります。

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